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被災地への支援と同時に、栃木県内にも多くの避難された方々がいらっしゃいました。各地の拠点でボランティアの皆さんと共に、様々な活動が展開されました。

2012年4月10日火曜日

まけないぞうキャラバン!

“被災地のお母さんと語り合う「今、伝えたいこと」交流会”の報告

東日本大震災から1年が経とうとしていた2月26日(日)に、被災地から4人をお迎えして、体験談を伺いました。
4人の方は、気仙沼市の仮設住宅に住む伊東さんと千葉さん、白河市の仮設住宅の根本さん夫妻で、タオルで作る「まけないぞう」の製作をしています。震災で、モノだけでなく、親しい人も失くすという、絶望的な喪失感の中、タオルで作るぞうさんの製作活動で、没頭できる時間や仮設の中で語り合える友人ができたりと、少しずつ心が和んでいったことが語られました。実際、まけないぞうを製作している方たちの様子の写真を見ると、誰もが夢中になって手を動かし、笑顔で交流する雰囲気が伝わってきました。被災された方たちの気持ちを理解できるまでにはいかなくとも、喪失感がどれほどのものか、それを補うためにはどんなことが必要なのか、想像しながら考える機会になりました。とちぎYMCAでも「まけないぞう」を販売していますが、顔や体型の違うものをひとつひとつ眺めながら、作り手の方たちに思いめぐらしていただければと思います。
 当日の会場は、「トライ東―ふれあいまつり」の行われている中の一部屋でした。まけないぞうの販売や、写真展に加え、まけないぞうの製作体験には子どもたちも参加しかわいいぞうを完成させました。(大浦)

下野新聞に掲載されました。

讀賣新聞に掲載されました。

「3.11揚がれ!希望の凧」の開催報告

★この企画の発起人、奈良昭彦さんから、当日頂いたメッセージ★
犠牲者への追悼、被災者の心のやすらぎ、被災地の復興は、日本の祈り、世界の祈りです。今日は、今この時に、日本国内で20箇所以上、世界の5箇所以上で一斉に希望の凧が揚げられています。日本各地、世界各地の空は被災地の空と繋がっています。希望の凧に込められた私たちの思いが一つとなって被災地に届きますように。「主よ、あなたが私のうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべてのものを一つとして下さい」(ヨハネ17-21)。
震災が全ての人の心の一つとする契機となる事をねがいつつ、空高く希望の凧を揚げましょう。
2012年3月11日12時30分から宇都宮市の東部を流れる鬼怒川の河川敷(道場宿緑地)で、とちぎYMCA、さくらんぼ幼稚園、石倉さろんの会、マイホームきよはらの主催、宇都宮ワイズメンズクラブの協賛、日本凧の会栃木支部の協力、宇都宮市、宇都宮東ワイズメンズクラブ、下野新聞の後援で開催されました。
 
朝は雨が降っていて、中止になるのではないか・・・と不安でしたが、午後には晴れ間もみえ、風も出てきて、良いコンディションになり約300人以上のみなさんにお集まりいただきました。 

午後2時30分から集合、日本の凧の会栃木支部「下野凧の会」による追悼の凧揚げを見守り、2時46分に黙祷を捧げました。

空は被災地に繋がっていることを思い、希望の凧を揚げました。そして参加者全員で「しあわせ運べるように」の歌を合唱しました。

西那須野幼稚園の子どもたち約30名もバスに乗って会場に来てくれました。

足利会場の来場者は、約100名でした。スタッフ、ボランティアを入れると120名ぐらいです。

日本各地、世界で希望の凧があがりました。

★国内で
札幌(手稲前田森林公園)、仙台(広瀬川河川敷)、磯部中学校
(相馬市立磯部中学校)、町田(玉川学園子ども広場)、八王子
(高尾の森 わくわくビレッジ)、やまなし(荒川河川敷)、甲州玉宮(玉宮小学校裏 乙木田)、横浜(太尾見晴らしの丘公園)、御殿場(御殿場市 陸上競技場)、富士山(朝霧高原・富士山YMCAグローバル・エコ・ヴィレッジ)、森町 (静岡県・太田川親水公園)、森町 (静岡県・太田川親水公園)、名古屋(愛・地球博記念公園)、和歌山市(和歌山市民スポーツ広場 陸上競技場)、宝塚(武庫川河川敷)、須磨海岸(神戸市 須磨海岸)、福池小学校(神戸市立福池小学校)、六甲小学校(神戸市立六甲小学校)、淡路(県立淡路島公園 芝生広場)、沖縄(宜野湾市コンベンションセンター 野外広場)
★海外で
ブタペスト(ハンガリー)、メーン州・ポートランド(米国)、フロリダ州・タンパ(米国)、チャアム(タイ)、スリランカ、
ガザ (パレスチナ)


※ガザ(パレスチナ)では、イスラエル軍による空爆で、3月11日は中止となりました。しかし一週間遅れの日曜日、開催することが出来ました。

2012年1月11日水曜日

福島県白河市の仮設住宅訪問の報告

12月23日(金・祝)
年末、クリスマス直前の祝日のため、多くの仮設に住む方たちが集まってくださいました。今日のイベントは、東京に住む表郷出身の緑川さんが、築地から「さんま、まぐろ、えび、ホタテ、さんま、はまぐり、しらこ、など」を振る舞いました。
Vネットの14人のボランティアが魚や貝を焼きました。毎週金曜日に訪問している女性は、一人暮らしのお年寄り専門に健康状態や悩みごとを聞きながらの活動を続けています。また、ある人は子どもと仲良くなり別行動で交流をしました。
とちぎYMCAからは2名の参加でした。魚焼きには手が足りていたので、子どもたちのための遊び道具作りとクリスマスリース作りを行った。
集会所にテーブルが並べ終わるか終わらないうちに、入りきれないくらいの人が押しかけ、焼いた魚や貝は、どんどん売れていった。昼頃には、売り切れてしまった。この時期、魚介類のサービスに、仮設の人たちは大喜びで、予想を超える人たちで賑わった。
120戸の仮設が90戸以上入居してきたことを知り、歩いてみた。天気の良い日だったせいか、ふとんや座布団を干している家庭があった。しかし、那須連山から吹き降ろす風は強く、
布団干しにかけたふとんは、簡単に倒されてしまっていた。家の人に話すと、すぐに倒れてしまうほど、風邪が強いとのこと。仮設の中は湿気が多く、窓も汗をかき、毎日布団を干した
いということだった。その家庭は小さい子どもたちが3~4人いて、布団や衣類で部屋はぎっしりの様子だった。陽はあるものの風が冷たく寒い日だったので、外に出ている人は少なく、外出から帰ってもすぐに部屋にはいってしまったりで、集会所でゆっくりする人は多くはなかった。

ひと段落してから、魚を届けてくれた緑川さんたちと今日のボランティアと仮設でいつもお世話をする方たち20~30人で忘年会となった。こうして、仮設訪問が始まって6ヶ月が過ぎたが、ようやく仮設の住人たちと振り返りながらの和やかな話ができるようになった。いい交流が来年も続き、これからも続く諸問題に少しずつでも手伝えること、寄り添っていける活動にしていければと思った。

1月の訪問予定は、28日(土)です。

大浦

2011年12月8日木曜日

栃木の高齢者応援企画ご報告

●この企画は・・・イギリスに本部がある高齢者支援の団体:HAIHelpAgeInternational)による東日本大震災被災地支援の一環で、日本YMCA同盟を通じて実施された「栃木の高齢者応援企画」です。被災と直接の関係ではなくとも、震災などの影響で少なからず影響も大きい日本の高齢者の方々への支援ということで、「閉じこもり」や「気分がふさぐ」など介護予防がぜひとも必要と思われる高齢者の方々、今回はおもに宇都宮市内の“生きがい対応型デイサービス”などをお使いの皆さまを対象として23日日本YMCA同盟東山荘を宿泊拠点に富士・箱根をめぐるバス旅行の企画になりました。 
●ツアーは・・・高齢者の方々やお付き添い、ボランティアさんなど総勢28名が参加。YMCA東山荘大和田所長はじめ力強いスタッフさんたちのサポートで「富士山5合目ハイキング」、「大涌谷、芦ノ湖」などを観覧したり、(YMCA定番のネタで)「キャンプファイヤー」を楽しんだり、「富士山の元“ゴウリキ”さんのお話し」を写真と共に伺ったり、明け方には東山荘名物の赤富士の姿が見られるなど、昼も夜も楽しい充実の旅となりました。
 私たちのツアーは、シルバーカーを押したり、(トレッキング用ではなく)介護用の杖えを携えてのハイキングで、山道ですれ違う富士山のハイカーにも珍しい光景とあって「すごいわねー」「がんばって!」と驚きと励ましの声をたくさんかけられていました。
●振り返り・・・高齢者の方々の野外活動とバスの旅はおなじみのカラオケも芝居もありませんでしたが、お歳を召されてからの“一味違った”YMCAらしいオルタナティブな楽しみをご提供できたのではないでしょうか。このたびの企画の支援元HAI(アジア)のゴディー氏と、3.11直後にこの企画をアジアの香港で取り付けてくださったアジアYMCA同盟総主事の山田公平さん、日本YMCA同盟東山荘の皆さんに心から感謝を申し上げます。

2011年12月5日月曜日

被災地へ行ってきました。

ステップⅡのメンバーで「宮古市」・「石巻市」・「女川町」に行きました。

東山荘:佐久間さん、とちぎY:松本さん、東京Y:池田さん、大阪Y:菅田さん、
立山さん、神戸Y:櫻井さん、岡山Y:美時さん、熊本Y:冨森さん


10月15日(土) 22時 浜松町発の夜行バスで宮古へ
10月16日(日) 7時 宮古駅到着→宮古教会:盛岡YMCA宮古ボランティアセンターに到着
スタッフの池田さん、大塚さんから説明を受ける。

側溝のヘドロかきをしました。(写真1
近所の人と一緒になって作業をしました。
しかし、YMCAは作業だけでは、ありません。
お話やふれあいを通して、地域の方と関係を築きます。
余島Lのけんじ、まるた、あや、エリコと一緒に活動)

(写真1)

中里団地(仮設住宅訪問)78棟(写真2
元愛宕中学校の跡地に建設された。抽選で入居が決まるので、隣近所の人がわからない場合がある。砂利道をアスファルトにしたので車椅子の方も動きやすくなった。
(写真2)

メーターが水浸し(写真3)で、凍ってしまうおそれがある。

(写真3


10月17日(月)
7:308:10 交通整理。(写真4
会話やハイタッチをして、子どもや学生たちを元気良く学校へ送り出す。中心部から徐々に信号が復旧してきた。時間帯一方通行が多い。
車と単車の交通量を調べている。350/1日平均


(写真4)

10月18日(火)
本の修理を行う。
キッチンペーパーで水分を吸収する。ぬるま湯ではがすと良い。
ブラシで汚れをとる。
自分の本棚に戻すつもりで作業を行う。(写真5)
震災後、地域の人たちは、ボランティアにお願いできなかった。
電話できない人がほとんどであった。

(写真5)

10月19日(水)
仙台Yの大野総主事、日本YMCA同盟の光永さんから石巻市・女川町の説明を受けました。
日和山公園
石巻市を一望する。石巻市立病院だけが残った。(写真6


(写真6)


女川漁港(写真7) 
高台にある町立病院も1階まで津波がきた。(写真8

(写真7)
(写真8


平成の森公園 240世帯の仮設住宅(写真9

(写真9)

最後に
YMCAが動くときは、必ず単独ではなく、地域の方々がいた。YMCAは、コミュニティー形成の一助を担っていた。前に活動したボランティアが信頼を築いてくれたから、初めて宮古に行っても活動しやすかった。地元の人と何から話し始めていいのか?言ってはいけない言葉は?など気にしていたが、宮古の人たちがいろいろと教えてくれました。会話は大切であった。
被災地を写真に納める時や被災したお宅や仮設住宅に訪問する際は、一礼することを忘れてはならない。